「医療保険はいらない」論の落とし穴 貯蓄が少ない人こそ考えたい保障のかたち
先日、相談に来られた30代の会社員の方が、開口一番こう言いました。
「ネットで『医療保険はいらない』ってよく見るんですけど、本当にそうなんですか?」
たしかに、この数年「医療保険不要論」はSNSやWebメディアで繰り返し語られています。根拠としてよく挙がるのが、公的な高額療養費制度の存在と、払った保険料と受け取った給付金を比べる損得勘定です。一見もっともらしく聞こえるこの理屈を、そのまま鵜呑みにしてしまっていいのでしょうか。
高額療養費制度は「医療費の青天井」を防ぐ制度であって「無料化」ではない
高額療養費制度は、ひと月の医療費の自己負担額に上限を設ける公的な仕組みです。70歳未満で一般的な収入の場合、自己負担の上限はおおよそ8万円台に収まるよう設計されています。100万円の医療費がかかっても、実際に窓口で支払う金額はこの上限額に近づいていく、という制度です。
ここで注意したいのは、この上限額に含まれない費用が意外と多いという点です。入院中の食事代、差額ベッド代、通院のための交通費、先進医療にかかる技術料などは対象外で、実費負担になります。さらに、入院や自宅療養によって仕事を休めば、その間の収入が減ることもあります。会社員であれば傷病手当金という制度がありますが、給与の満額が補填されるわけではありませんし、自営業やフリーランスの場合はそもそも傷病手当金の対象外です。
つまり「高額療養費制度があるから医療保険はいらない」という主張は、制度がカバーする範囲だけを見て、カバーされない部分を見落としているのです。損得だけで語るなら、たしかに「保険料を払わず貯金したほうが得」というケースもあるでしょう。しかし保険とは本来、損得のために入るものではなく、いざというときに家計が立ち行かなくなる事態を避けるための「保障」です。この視点が抜け落ちたまま「不要論」だけが独り歩きしているように感じます。
貯蓄が少ない人ほど、保険というセーフティネットが必要になる
金融経済教育推進機構が公表した「家計の金融行動に関する世論調査(2025年)」によれば、金融資産を保有していない、いわゆる「貯蓄ゼロ」の世帯は、二人以上世帯で約4世帯に1世帯、単身世帯では3世帯に1世帯を超える水準にのぼります。同じ調査では、二人以上世帯の貯蓄額は平均で1940万円である一方、中央値は720万円にとどまっており、一部の世帯が平均値を大きく引き上げていることもわかります。
「保険料を貯金に回すほうが合理的」という考え方は、突発的な出費が発生しても揺るがないだけの貯蓄がすでにある人にとっては、たしかに一つの選択肢です。しかし、貯蓄がほとんどない世帯にとっては話が違います。入院や手術で数十万円規模の出費が急に発生したとき、それを貯蓄で吸収できなければ、生活費や教育費を削ったり、借り入れに頼ったりせざるを得なくなります。貯蓄を「これから育てていく」段階にある人ほど、その途中で起きる医療費の急な出費を保険でカバーする意味は大きくなるのです。
実際、公益財団法人生命保険文化センターの調査でも、医療保険への加入率は65.6%と、多くの世帯が何らかの形で備えを持っていることがわかります。不要論が語る「損得」だけでは説明のつかない、生活実感に根ざした選択がそこにあるように思います。
「入るか、入らないか」ではなく「何のために入るか」を考える
医療保険が万人にとって必須というわけではありません。十分な貯蓄があり、急な医療費の出費が家計を揺るがさない人であれば、保険料を払わず貯蓄や運用に回すという判断も合理的です。
大切なのは、「不要論」か「必要論」かという二項対立で語ることではなく、自分の貯蓄状況や収入の安定性、家族構成といった実情に照らして、保障がどれだけ必要かを考えることです。とくに貯蓄がまだ少ない方、収入の変動が大きい方にとっては、医療保険は「損得」の道具ではなく、生活を守るための備えとして機能します。ネット上の意見をそのまま鵜呑みにするのではなく、まずは自分の家計にとって「何が起きたら困るのか」を具体的に洗い出すことから始めてみてはいかがでしょうか。
参照
本コラムは特定の保険商品を推奨するものではありません。
※1 厚生労働省「高額療養費制度を利用される皆さまへ」
※2 金融経済教育推進機構(J-FLEC)「家計の金融行動に関する世論調査(2025年)」
※3 公益財団法人生命保険文化センター「2025(令和7)年度 生活保障に関する調査《速報版》」