NISAマネー、単月1兆円超が海外流出——円安を加速させる知られざる構造
財務省が公表する「対外及び対内証券売買契約等の状況」によると、投資信託委託会社等(NISAで積み立てられる投資信託を運用する主体)による海外株式・投資信託持分の買越額は、2026年4月単月で1兆2,509億円にのぼりました※1。単純に年換算すると15兆円規模に達する水準です。
「オルカンかS&P500、どっちが正解ですか」
相談の場で、こう聞かれることが増えました。SNSや動画サイトを開けば、「米国株一本で十分」という声もあれば、「オルカンなら世界中に分散できて安心」という声もあります。ですが、この資金の流れの大きさと向かう先を見ていくと、「分散」という言葉の中身をもう一段掘り下げて考える必要があることが見えてきます。
なぜ「米国株一択」がこれほど支持されてきたのか
まず、なぜここまで米国株、とりわけS&P500人気が広がったのか。理由は単純で、「よく増えたから」です。
新NISAのつみたて投資枠における人気ランキングでも、S&P500に連動する投資信託は長らく買付金額・積立件数ともに上位を維持してきました※2。制度開始から数年、右肩上がりの相場を体感した人にとって、「S&P500さえ持っていれば間違いない」という感覚は、決して不自然なものではありません。
一方で、日本証券業協会の調査では、自分が何に投資しているのか「わからない・不明」と答えた人が約2割にのぼるというデータもあります※3。値上がりしているからなんとなく買う、その裏側にある「仕組みを理解しないまま乗っている」状態こそが、実はいちばんのリスクだと言えます。
「オルカンなら分散できている」という認識のズレ
分散投資の理論では、値動きの相関が低い資産を組み合わせることで、振れ幅を抑えられるとされています。「全世界株式」という名前も、この理論を体現しているように聞こえます。
ただ、オルカンが連動する指数は時価総額加重型です。世界の株式市場の時価総額比率がそのまま組入比率に反映される仕組みのため、実際の国別構成比は米国が6割を超えています※4。「全世界」という名前と、値動きの大部分が米国市場に左右される現実との間には、少し距離があるようです。
S&P500からオルカンに乗り換えることで、心理的な安心感は得られるかもしれません。ただ、「米国集中」という値動きの構造そのものは、あまり変わっていない場合も多いのではないでしょうか。
円安を後押ししているのは、私たち自身の投資行動でもある
もう一つ見ておきたいのが、こうした投資マネーの流れが為替市場に与えている影響です。
日本の投資信託が海外の株式を購入するとき、その都度、円を売って外貨を買う取引が発生します。財務省統計によると、投資信託委託会社等による海外株式・投資信託持分の買越額は2026年4月だけで1兆2,509億円でした※1。この規模の「実需の円売り」が、日銀の金融政策とは別のところで円安圧力になっている、との指摘もあるようです※7。
「円安だから海外資産に投資する」という一人ひとりの判断が積み重なって、投資行動そのものが円安を後押ししている面もあるのかもしれません。理論上、為替は長期的には金利差などに収斂していくとされますが、投資マネーの流れそのものが為替に影響を与える、という逆向きの力学も働いているようです。今後、日米の金利差が縮小して円高方向に転換すれば、これまで円安が押し上げてきた円建てのリターンが目減りする可能性もあります。
「失われた10年」は、過去に一度だけではない
もう一つ、見落とされがちなのが時間軸のリスクです。
S&P500は長期では右肩上がりを続けてきましたが、常に一本調子だったわけではありません。2000年から2002年にかけてのITバブル崩壊では、指数は約49%下落し、その後の回復には長い時間を要しました※5。「10年以上、資産がほとんど増えない期間」は、過去に実際に存在しています。
今、20代・30代で積立を始めたばかりの方であれば、こうした停滞期があっても時間を味方にできます。しかし、退職を数年後に控えた方が資産の大部分を株式、それも米国中心の株式に集中させている場合、同じ下落が起きたときに受けるダメージの重さはまったく異なります。
分散投資の理論と、多くの人の現実との間にあるもの
現代ポートフォリオ理論では、値動きの相関が低い資産――たとえば株式と債券――を組み合わせることで、振れ幅を抑えられるとされています。教科書的にも、資産形成の基本として長らく語られてきた話のようです。
ただ、実際の新NISAの資金の向かい先を見ると、株式、それも米国比率の高い株式に資金が集中する傾向がうかがえます。「S&P500かオルカンか」という議論が盛んな一方で、債券やREIT(不動産投資信託)といった、値動きの性質が異なる資産クラスへの関心は、相対的に薄いのかもしれません。
株価が下落する局面では、債券が値上がりして資産全体の下落を緩和する、という逆相関の関係が理論上は期待できます。REITも株式や債券とは異なる値動きをする資産クラスで、賃料収入を背景に安定した分配を出しやすいという特徴があります。退職までの残り年数が短くなるほど、株式一辺倒のポートフォリオはこのギャップの影響を受けやすくなっていくのでしょう。
積立という時間の分散についても、理論と実践の間には少し距離があるようです。毎月一定額を積み立てるドルコスト平均法は、高値づかみのリスクを平準化する考え方として知られていますが、新NISAつみたて投資枠の平均積立額は月18,400円程度というデータもあります※6。理論を知っていることと、無理のない金額で長く続けられることは、また別の話なのかもしれません。
おわりに
「S&P500かオルカンか」という選択は、実のところ株式という同じ資産クラスの中での選択にすぎません。単月で1兆円を超える投資マネーの流れは、多くの人がこの選択に熱心である一方、株式以外への分散という理論には、まだ現実の行動が追いついていないことを示しているのかもしれません。
ご自身の資産配分は、理論上の分散と現実との間で、どのくらい距離があるでしょうか。一度、数字で確認してみると、見えてくるものがあるかもしれません。
参照
※1 :財務省「対外及び対内証券売買契約等の状況(月次・指定報告機関ベース)投資家部門別対外証券投資」(令和8年4月中、2026年5月13日公表)。投資信託委託会社等による株式・投資ファンド持分の取得45,781億円、処分33,272億円、ネット買越12,509億円(データ:財務省統計PDF)
※2 :マイナビニュース「S&P500やオルカンに次ぐ人気ファンドは?【NISAつみたて投資枠ランキングTOP30】」(2026年6月13日、PayPay証券調べ)
※3 :日本証券業協会「NISA口座開設・利用状況、NISA未利用者及び利用者の実態調査」(2024年)※プレジデントオンライン「2026年になっても『S&P500・オルカン一択』は危ない…『3年目の新NISA』に組み込むべき“資産を守る”投資先」(2026年2月3日)内で引用
※4 :三菱UFJアセットマネジメント「eMAXIS Slim 全世界株式(オール・カントリー)」月次レポート(2025年10月31日時点)※am-expo.jp「『オルカン』VS『S&P500』徹底比較!新NISAで選ぶべきはどっち?」(2026年5月18日)内で引用
※5 :ファイナンシャルスター「米国株(S&P500)超長期チャート【30%以上の暴落は100年で8回】」
※6 :株探「【2026年】NISAおすすめ銘柄10選」(2026年5月29日)内で引用の日本証券業協会データ(2025年12月末時点)
※7 :日刊ゲンダイDIGITAL「39年半ぶり歴史的円安を後押しする新NISAは天下の愚策 海外流出する『円』は年間10兆円規模!」(2026年7月3日)、経済評論家・斎藤満氏のコメントとして言及